JAPANESE POET ISHIKAWA TAKUBOKU(1886-1912): “KANASHIKI GANGU” “SAD TOYS”

March 22, 2011 at 10:21 pm | Posted in Art, Asia, Books, Japan, Literary | Leave a comment

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ISHIKAWA TAKUBOKU (1886-1912)

Tanka Poet

Takuboku Ishikawa (Ishikawa Takuboku, February 20, 1886 – April 13, 1912) was a Japanese poet. He died of tuberculosis. Well known as both a tanka and ‘modern-style’ (shintaishi or simply shi) or ‘free-style’ (jiyūshi) poet, he began as a member of the Myōjō group of naturalist poets but later joined the “socialistic” group of Japanese poets and renounced naturalism.

Major works

His major works were two volumes of tanka poems plus his diaries:

Timeline

Ishikawa Takuboku, ca. 1900

  • 1886 – Born at Joko Temple, Hinoto-mura (presently named Hinoto, Tamayama-mura), Minami-Iwate-gun, Iwate Prefecture, to Ittei, the father, who was the priest of the temple, and Katsu, the mother.
  • 1887 – Moved to Shibutami-mura (presently named Shibutami, Tamayama-mura)
  • 1891 – Attended Shibutami Elementary School (4 years)
  • 1895 – Attended Morioka Upper Elementary School (2 years)
  • 1898 – Attended Morioka Middle School
  • 1899 – Published literary booklet “Choji-kai”, printed by hand with method called hectograph
  • 1900 – Formed self-study group “Union Club” in order to learn English. First and second issues of “Choji Magazine” were published. Fell in love with Setsuko Horiai who was a student at Morioka Girls’ Middle School.
  • 1901 – Published the third issue of “Mikazuki” (crescent moon), a magazine for circulating, and the first issue of “Nigitama.” His tankas appeared on Iwate Nippo (news paper) under the pen name of “Suiko”, the first public appearance of his works.
  • 1902 – His tankas appeared on “Myōjō”, a literary magazine, under the pen name of “Hakuhin”. Dropped out of Morioka Middle School because of his aspiration for literature. Went to Tokyo and made the acquaintances of Tekkan and Akiko Yosano.
  • 1903 – Went home to Shibutami. Serial articles “Ideas of Wagner” appeared on Iwate Nippo. Poem ”Shucho” (sorrowful melodies) was appeared on “Myōjō”. The pen name of “Takuboku” was used for the first time. In November, joined the circle of poets “Shinshisha”.
  • 1904 – Serial articles “Senun Yoroku” (personal memorandum of war time) appeared on Iwate Nippo. This was right after the outbreak of Russo-Japanese War.
  • 1905 – The first collection of poems “Akogare” (admiration) was published by Odajima Shobo. Got married to HORIAI Setsuko. Published literary magazine “Sho-Tenchi” (small world).
  • 1906 – Became a substitute teacher at Shibutami Upper Elementary School. Novel “Kumo wa Tensai dearu” (the clouds are geniuses) was written, which was never published during his lifetime. Novel “Soretsu” (funeral procession) appeared on literary magazine “Myōjō” (December issue of 1906).
  • 1907 – Became a substitute teacher at Hakodate Yayoi Elementary School, and a freelance reporter at Hokodate Nichinichi Shinbun (news paper). There at the Hakodate Yayoi Elementary School, he met Chieko Tachibana, who he was instantly awestruck by her beauty. Although Takuboku only encountered Chieko in person twice, she left a lasting impression on him, and 22 of the tanka written in “Wasuregataki-Hitobito” in “Ichiaku-no-Suna” were written about Chieko Tachibana. Later despite efforts to visit Chieko in her home in Sapporo, to pursue courtship, he had learned from her father that she had recently been married. Because of the great fire in Hakodate, he lost both jobs and left Hakodate. Employed at places like Hokumon Shinpo or Otaru Nippo (publishers of news paper)
  • 1908 – Employed at Kushiro Shinbun (news paper), wrote “Benifude-dayori”. Moved to Hongo, Tokyo in spring.
  • 1909 – Employed at Asahi Shinbun as a proof reader. Issued literary magazine “Subaru” as a publisher.
  • 1910 – First collection of tankas “Ichiaku-no-Suna” (a fistful of sand) was published by Shinonome-do Shoten.
  • 1911 – Moved to Koishikawa because of health reasons.
  • 1912 – In March, his mother Katsu died. He himself died of tuberculosis on April 13, being looked after by his friend Bokusui Wakayama and his wife Setsuko, at age of 27. After his death, his second collection of tankas “Kanashiki Gangu” (grieving toys) was published by Shinonome-do Shoten.
  • 1926 – In August, his grave was erected by both Miyazaki Ikuu, his brother-in-law, who was also a poet, and Okada Kenzo, the chief of Hakodate Library.
  • 1988 – The main-belt asteroid 4672 Takuboku (1988 HB) is named in his honor.

References

  • Ishikawa Takuboku, On Knowing Oneself Too Well, translated by Tamae K. Prindle, Syllabic Press, © 2010. ISBN 978-0615345628
  • Ishikawa Takuboku, Romaji Diary and Sad Toys, translated by Sanford Goldstein and Seishi Shinoda. Rutland, Charles E. Tuttle Co. 1985.
  • Ishikawa Takuboku, Takuboku: Poems to Eat, translated by Carl Sesar, Tokyo. Kodansha International, 1966.
  • Ueda, Makoto, Modern Japanese Poets and the Nature of Literature, Stanford University Press © 1983 ISBN 0-8047-1166-6 [Ishikawa Takuboku is one of the eight poets profiled in the book, with forty two pages devoted to him. There are nine “free-style” poems and thirty one tanka included in the commentary.]

ISHIKAWA TAKUBOKU (1886-1912)

Tanka Poet

“Kanashiki Gangu”

悲しき玩具

一握の砂以後

石川啄木
呼吸(いき)すれば、
胸の中(うち)にて鳴る音あり。
凩(こがらし)よりもさびしきその音(おと)!

眼(め)閉(と)づれど、
心にうかぶ何もなし。
さびしくも、また、眼をあけるかな。

途中にてふと気が変り、
つとめ先を休みて、今日も、
河岸(かし)をさまよへり。

咽喉(のど)がかわき、
まだ起きてゐる果物屋(くだものや)を探しに行きぬ。
秋の夜ふけに。

遊びに出(で)て子供かへらず、
取り出して
走らせて見る玩具(おもちや)の機関車。

本を買ひたし、本を買ひたしと、
あてつけのつもりではなけれど、
妻に言ひてみる。

旅を思ふ夫(をっと)の心!
叱(しか)り、泣く、妻子(つまこ)の心!
朝の食卓!

家(いへ)を出て五町ばかりは、
用のある人のごとくに
歩いてみたれど――

痛む歯をおさへつつ、
日が赤赤(あかあか)と、
冬の靄(もや)の中にのぼるを見たり。

いつまでも歩いてゐねばならぬごとき
思ひ湧(わ)き来(き)ぬ、
深夜の町町(まちまち)。

なつかしき冬の朝かな。
湯をのめば、
湯気(ゆげ)がやはらかに、顔にかかれり。

何(なん)となく、
今朝(けさ)は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪(つめ)を切る。

うっとりと
本の挿絵(さしゑ)に眺め入(い)り、
煙草(たばこ)の煙吹きかけてみる。

途中にて乗換(のりかへ)の電車なくなりしに、
泣かうかと思ひき。
雨も降りてゐき。

二晩(ふたばん)おきに、
夜(よ)の一時頃に切通(きりどほし)の坂を上(のぼ)りしも――
勤(つと)めなればかな。

しっとりと
酒のかをりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。

今日(けふ)もまた酒のめるかな!
酒のめば
胸のむかつく癖(くせ)を知りつつ。

何事か今我つぶやけり。
かく思ひ、
目をうちつぶり、酔(ゑ)ひを味(あじは)ふ。

すっきりと酔ひのさめたる心地(ここち)よさよ!
夜中に起きて、
墨(すみ)を磨(す)るかな。

真夜中の出窓(でまど)に出(い)でて、
欄干(らんかん)の霜に
手先を冷(ひ)やしけるかな。

どうなりと勝手になれといふごとき
わがこのごろを
ひとり恐(おそ)るる。

手も足もはなればなれにあるごとき
ものうき寝覚(ねざめ)!
かなしき寝覚!

朝な朝な
撫(な)でてかなしむ、
下にして寝た方(はう)の腿(もも)のかろきしびれを。

曠野(あらの)ゆく汽車のごとくに、
このなやみ、
ときどき我の心を通る。

みすぼらしき郷里(くに)の新聞ひろげつつ、
誤植(ごしよく)ひろへり。
今朝のかなしみ。

誰(たれ)か我を
思ふ存分(ぞんぶん)叱(しか)りつくる人あれと思ふ。
何(なん)の心ぞ。

何がなく
初恋人(はつこひびと)のおくつきに詣(まう)づるごとし。
郊外に来(き)ぬ。

なつかしき
故郷にかへる思ひあり、
久し振(ぶ)りにて汽車に乗りしに。

新しき明日(あす)の来(きた)るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘(うそ)はなけれど――

考へれば、
ほんとに欲(ほ)しと思ふこと有るやうで無し。
煙管(きせる)をみがく。

今日ひょいと山が恋しくて
山に来(き)ぬ。
去年腰掛(こしか)けし石をさがすかな。

朝寝して新聞読む間(ま)なかりしを
負債(ふさい)のごとく
今日も感ずる。

よごれたる手をみる――
ちゃうど
この頃の自分の心に対(むか)ふがごとし。

よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
今日の満足なりき。

年明けてゆるめる心!
うっとりと
来(こ)し方(かた)をすべて忘れしごとし。

昨日まで朝から晩(ばん)まで張りつめし
あのこころもち
忘れじと思へど。

戸の面(も)には羽子(はね)突(つ)く音す。
笑う声す。
去年の正月にかへれるごとし。

何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。

腹の底より欠伸(あくび)もよほし
ながながと欠伸してみぬ、
今年の元日。

いつの年も、
似たよな歌を二つ三つ
年賀の文(ふみ)に書いてよこす友。

正月の四日(よっか)になりて
あの人の
年(ねん)に一度の葉書(はがき)も来にけり。

世におこなひがたき事のみ考へる
われの頭よ!
今年もしかるか。

人がみな
同じ方角(はうがく)に向いて行(ゆ)く。
それを横より見てゐる心。

いつまでか、
この見飽(みあ)きたる懸額(かけがく)を
このまま懸けておくことやらむ。

ぢりぢりと、
蝋燭(らふそく)の燃えつくるごとく、
夜となりたる大晦日(おほみそか)かな。

青塗(あをぬり)の瀬戸の火鉢によりかかり、
眼閉(と)ぢ、眼を開(あ)け、
時を惜(をし)めり。

何(なん)となく明日はよき事あるごとく
思ふ心を
叱(しか)りて眠る。

過ぎゆける一年のつかれ出(で)しものか、
元日といふに
うとうと眠し。

それとなく
その由(よ)るところ悲しまる、
元日の午後の眠(ねむ)たき心。

ぢっとして、
蜜柑(みかん)のつゆに染まりたる爪(つめ)を見つむる
心もとなさ!

手を打ちて
眠気(ねむげ)の返事きくまでの
そのもどかしさに似たるもどかしさ!

やみがたき用を忘れ来(き)ぬ――
途中にて口に入れたる
ゼムのためなりし。

すっぽりと蒲団(ふとん)をかぶり、
足をちぢめ、
舌を出してみぬ、誰(たれ)にともなしに。

いつしかに正月も過ぎて、
わが生活(くらし)が
またもとの道にはまり来(きた)れり。

神様と議論して泣きし――
あの夢よ!
四日(か)ばかりも前の朝なりし。

家(いへ)にかへる時間となるを、
ただ一つの待つことにして、
今日も働けり。

いろいろの人の思はく
はかりかねて、
今日もおとなしく暮らしたるかな。

おれが若(も)しこの新聞の主筆(しゆひつ)ならば、
やらむ――と思ひし
いろいろの事!

石狩(いしかり)の空知郡(そらちごほり)の
牧場のお嫁(よめ)さんより送り来(き)し
バタかな。

外套(ぐわいたう)の襟(えり)に頤(あご)を埋(うづ)め、
夜ふけに立どまりて聞く。
よく似た声かな。

Yといふ符牒(ふてふ)、
古日記(ふるにつき)の処処(しよしよ)にあり――
Yとはあの人の事なりしかな。

百姓の多くは酒をやめしといふ。
もっと困(こま)らば、
何をやめるらむ。

目さまして直(す)ぐの心よ!
年よりの家出の記事にも
涙出(い)でたり。

人とともに事をはかるに
適(てき)せざる、
わが性格を思ふ寝覚(ねざめ)かな。

何(なに)となく、
案外(あんがい)に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。

自分よりも年若き人に、
半日も気焔(きえん)を吐(は)きて、
つかれし心!

珍(めづ)らしく、今日は、
議会を罵(ののし)りつつ涙出(い)でたり。
うれしと思ふ。

ひと晩に咲かせてみむと、
梅の鉢(はち)を火に焙(あぶ)りしが、
咲かざりしかな。

あやまちて茶碗をこはし、
物をこはす気持のよさを、
今朝(けさ)も思へる。

猫の耳を引っぱりてみて、
にゃと啼(な)けば、
びっくりして喜ぶ子供の顔かな。

何故(なぜ)かうかとなさけなくなり、
弱い心を何度も叱(しか)り、
金かりに行く。

待てど待てど、
来る筈(はず)の人の来ぬ日なりき、
机の位置を此処(ここ)に変へしは。

古新聞!
おやここにおれの歌の事を賞(ほ)めて書いてあり、
二三行(ぎやう)なれど。

引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、
女の写真!
忘れゐし写真!

その頃は気もつかざりし
仮名(かな)ちがひの多きことかな、
昔の恋文(こひぶみ)!

八年前(はちねんぜん)の
今のわが妻の手紙の束(たば)!
何処(どこ)に蔵(しま)ひしかと気にかかるかな。

眠られぬ癖(くせ)のかなしさよ!
すこしでも
眠気(ねむけ)がさせば、うろたへて寝る。

笑ふにも笑はれざりき――
長いこと捜(さが)したナイフの
手の中(うち)にありしに。

この四五年、
空を仰(あふ)ぐといふことが一度もなかりき。
かうもなるものか?

原稿紙にでなくては
字を書かぬものと、
かたく信ずる我が児(こ)のあどけなさ!

どうかかうか、今月も無事(ぶじ)に暮らしたりと、
外(ほか)に欲もなき
晦日(みそか)の晩かな。

あの頃はよく嘘(うそ)を言ひき。
平気にてよく嘘を言ひき。
汗が出(い)づるかな。

古手紙よ!
あの男とも、五年前は、
かほど親しく交(まじ)はりしかな。

名は何(なん)と言ひけむ。
姓は鈴木なりき。
今はどうして何処(どこ)にゐるらむ。

生れたといふ葉書(はがき)みて、
ひとしきり、
顔をはれやかにしてゐたるかな。

そうれみろ、
あの人も子をこしらへたと、
何か気の済(す)む心地(ここち)にて寝る。

『石川はふびんな奴(やつ)だ。』
ときにかう自分で言ひて、
かなしみてみる。

ドア推(お)してひと足(あし)出(で)れば、
病人の目にはてもなき
長廊下(らうか)かな。

重い荷を下(おろ)したやうな、
気持なりき、
この寝台(ねだい)の上に来(き)ていねしとき。

そんならば生命(いのち)が欲しくないのかと、
医者に言はれて、
だまりし心!

真夜中にふと目がさめて、
わけもなく泣きたくなりて、
蒲団(ふとん)をかぶれる。

話しかけて返事のなきに
よく見れば、
泣いてゐたりき、隣の患者(くわんじや)。

病室の窓にもたれて、
久しぶりに巡査を見たりと、
よろこべるかな。

晴れし日のかなしみの一つ!
病室の窓にもたれて
煙草(たばこ)を味(あじは)ふ。

夜おそく何処(どこ)やらの室(へや)の騒がしきは
人や死にたらむと、
息をひそむる。

脉(みやく)をとる看護婦の手の、
あたたかき日あり、
つめたく堅(かた)き日もあり。

病院に入(い)りて初めての夜(よ)といふに、
すぐ寝入りしが、
物足らぬかな。

何(なに)となく自分をえらい人のやうに
思ひてゐたりき。
子供なりしかな。

ふくれたる腹を撫(な)でつつ、
病院の寝台(ねだい)に、ひとり、
かなしみてあり。

目さませば、からだ痛くて
動かれず。
泣きたくなりて、夜明くるを待つ。

びっしょりと寝汗(ねあせ)出(で)てゐる
あけがたの
まだ覚(さ)めやらぬ重きかなしみ。

ぼんやりとした悲しみが、
夜(よ)となれば、
寝台(ねだい)の上にそっと来て乗る。

病院の窓によりつつ、
いろいろの人の
元気に歩くを眺(なが)む。

もうお前(まへ)の心底(しんてい)をよく見届(みとど)けたと、
夢に母来て
泣いてゆきしかな。

思ふこと盗みきかるる如(ごと)くにて、
つと胸を引きぬ――
聴診器(ちやうしんき)より。

看護婦の徹夜するまで、
わが病(やま)ひ、
わるくなれとも、ひそかに願へる。

病院に来て、
妻や子をいつくしむ
まことの我にかへりけるかな。

もう嘘(うそ)をいはじと思ひき――
それは今朝(けさ)――
今また一つ嘘をいへるかな。

何となく、
自分を嘘のかたまりの如(ごと)く思ひて、
目をばつぶれる。

今までのことを
みな嘘にしてみれど、
心すこしも慰(なぐさ)まざりき。

軍人になると言ひ出して、
父母(ちちはは)に
苦労させたる昔の我かな。

うっとりとなりて、
剣をさげ、馬にのれる己(おの)が姿を
胸に描ける。

藤沢といふ代議士を
弟のごとく思ひて、
泣いてやりしかな。

何か一つ
大いなる悪事しておいて、
知らぬ顔してゐたき気持かな。

ぢっとして寝ていらっしゃいと
子供にでもいふがごとくに
医者のいふ日かな。

氷嚢の下より
まなこ光らせて、
寝られぬ夜(よる)は人をにくめる。

春の雪みだれて降るを
熱のある目に
かなしくも眺め入(い)りたる。

人間のその最大のかなしみが
これかと
ふっと目をばつぶれる。

廻診(くわいしん)の医者の遅(おそ)さよ!
痛みある胸に手をおきて
かたく眼をとづ。

医者の顔色をぢっと見し外(ほか)に
何も見ざりき――
胸の痛み募(つの)る日。

病(や)みてあれば心も弱るらむ!
さまざまの
泣きたきことが胸にあつまる。

寝つつ読む本の重さに
つかれたる
手を休めては、物を思へり。

今日はなぜか、
二度も、三度も、
金側(きんかは)の時計を一つ欲しと思へり。

いつか是非(ぜひ)、出(だ)さんと思ふ本のこと、
表紙のことなど、
妻に語れる。

胸いたみ、
春の霙(みぞれ)の降る日なり。
薬に噎(む)せて、伏(ふ)して眼をとづ。

あたらしきサラドの色の
うれしさに、
箸(はし)をとりあげて見は見つれども――

子を叱(しか)る、あはれ、この心よ。
熱高き日の癖(くせ)とのみ
妻よ、思ふな。

運命の来て乗れるかと
うたがひぬ――
蒲団(ふとん)の重き夜半(よは)の寝覚(ねざ)めに。

たへがたき渇(かわ)き覚(おぼ)ゆれど、
手をのべて
林檎(りんご)とるだにものうき日かな。

氷嚢のとけて温(ぬく)めば、
おのづから目がさめ来(きた)り、
からだ痛める。

いま、夢に閑古鳥(かんこどり)を聞けり。
閑古鳥を忘れざりしが
かなしくあるかな。

ふるさとを出(い)でて五年(いつとせ)、
病(やまひ)をえて、
かの閑古鳥を夢にきけるかな。

閑古鳥――
渋民村(しぶたみむら)の山荘(さんさう)をめぐる林の
あかつきなつかし。

ふるさとの寺の畔(ほとり)の
ひばの木の
いただきに来て啼(な)きし閑古鳥!

脈をとる手のふるひこそ
かなしけれ――
医者に叱られし若き看護婦!

いつとなく記憶(きおく)に残りぬ――
Fといふ看護婦の手の
つめたさなども。

はづれまで一度ゆきたしと
思ひゐし
かの病院の長廊下かな。

起きてみて、
また直(す)ぐ寝たくなる時の
力なき眼に愛(め)でしチュリップ!

堅(かた)く握(にぎ)るだけの力も無くなりし
やせし我が手の
いとほしさかな。

わが病(やまひ)の
その因(よ)るところ深く且(か)つ遠きを思ふ。
目をとぢて思ふ。

かなしくも、
病(やまひ)いゆるを願はざる心我に在(あ)り。
何(なん)の心ぞ。

新しきからだを欲しと思ひけり、
手術の傷(きず)の
痕(あと)を撫(な)でつつ。

薬のむことを忘るるを、
それとなく、
たのしみに思ふ長病(ながやまひ)かな。

ボロオヂンといふ露西亜名(ロシアな)が、
何故(なぜ)ともなく、
幾度も思ひ出さるる日なり。

いつとなく我にあゆみ寄り、
手を握り、
またいつとなく去りゆく人人(ひとびと)!

友も妻もかなしと思ふらし――
病(や)みても猶(なほ)、
革命のこと口に絶(た)たねば。

やや遠きものに思ひし
テロリストの悲しき心も――
近づく日のあり。

かかる目に
すでに幾度(いくたび)会へることぞ!
成(な)るがままに成れと今は思ふなり。

月に三十円もあれば、田舎(ゐなか)にては、
楽に暮せると――
ひょっと思へる。

今日もまた胸に痛みあり。
死ぬならば、
ふるさとに行(ゆ)きて死なむと思ふ。

いつしかに夏となれりけり。
やみあがりの目にこころよき
雨の明るさ!

病(や)みて四月(しぐわつ)――
そのときどきに変りたる
くすりの味もなつかしきかな。

病みて四月(ぐわつ)――
その間(ま)にも、猶(なほ)、目に見えて、
わが子の背丈(せたけ)のびしかなしみ。

すこやかに、
背丈(せたけ)のびゆく子を見つつ、
われの日毎(ひごと)にさびしきは何(な)ぞ。

まくら辺(べ)に子を坐らせて、
まじまじとその顔を見れば、
逃げてゆきしかな。

いつも子を
うるさきものに思ひゐし間(あひだ)に、
その子、五歳(さい)になれり。

その親にも、
親の親にも似るなかれ――
かく汝(な)が父は思へるぞ、子よ。

かなしきは、
(われもしかりき)
叱(しか)れども、打てども泣かぬ児の心なる。

「労働者」「革命」などといふ言葉を
聞きおぼえたる
五歳の子かな。

時として、
あらん限りの声を出し、
唱歌をうたふ子をほめてみる。

何思ひけむ――
玩具(おもちや)をすてておとなしく、
わが側(そば)に来て子の坐りたる。

お菓子貰ふ時も忘れて、
二階より、
町の往来(ゆきき)を眺むる子かな。

新しきインクの匂(にほ)ひ、
目に沁(し)むもかなしや。
いつか庭の青めり。

ひとところ、畳(たたみ)を見つめてありし間(ま)の
その思ひを、
妻よ、語れといふか。

あの年のゆく春のころ、
眼をやみてかけし黒眼鏡(くろめがね)――
こはしやしにけむ。

薬のむことを忘れて、
ひさしぶりに、
母に叱られしをうれしと思へる。

枕辺(まくらべ)の障子(しやうじ)あけさせて、
空を見る癖(くせ)もつけるかな――
長き病に。

おとなしき家畜のごとき
心となる、
熱やや高き日のたよりなさ。

何か、かう、書いてみたくなりて、
ペンを取りぬ――
花活(はないけ)の花あたらしき朝。

放(はな)たれし女のごとく、
わが妻の振舞(ふるま)ふ日なり。
ダリヤを見入る。

あてもなき金(かね)などを待つ思ひかな。
寝つ起きつして、
今日も暮したり。

何もかもいやになりゆく
この気持よ。
思ひ出しては煙草(たばこ)を吸ふなり。

或(あ)る市(まち)にゐし頃の事として、
友の語る
恋がたりに嘘(うそ)の交(まじ)るかなしさ。

ひさしぶりに、
ふと声を出して笑ひてみぬ――
蝿(はひ)の両手を揉(も)むが可笑(をか)しさに。

胸いたむ日のかなしみも、
かをりよき煙草の如(ごと)く、
棄(す)てがたきかな。

何か一つ騒ぎを起してみたかりし、
先刻(さっき)の我を
いとしと思へる。

五歳になる子に、何故(なぜ)ともなく、
ソニヤといふ露西亜名(ロシアな)をつけて、
呼びてはよろこぶ。

解(と)けがたき
不和(ふわ)のあひだに身を処(しょ)して、
ひとりかなしく今日も怒(いか)れり。

猫を飼(か)はば、
その猫がまた争(あらそ)ひの種となるらむ、
かなしきわが家(いへ)。

俺(おれ)ひとり下宿屋にやりてくれぬかと、
今日もあやふく、
いひ出(い)でしかな。

ある日、ふと、やまひを忘れ、
牛の啼(な)く真似をしてみぬ、――
妻子(つまこ)の留守に。

かなしきは我が父!
今日も新聞を読みあきて、
庭に小蟻(こあり)と遊べり。

ただ一人の
をとこの子なる我はかく育てり。
父母もかなしかるらむ。

茶まで断(た)ちて、
わが平復(へいふく)を祈りたまふ
母の今日また何か怒(いか)れる。

今日ひょっと近所の子等(こら)と遊びたくなり、
呼べど来らず。
こころむづかし。

やまひ癒(い)えず、
死なず、
日毎(ひごと)にこころのみ険(けは)しくなれる七八月(ななやつき)かな。

買ひおきし
薬つきたる朝に来し
友のなさけの為替(かはせ)のかなしさ。

児を叱れば、
泣いて、寝入りぬ。
口すこしあけし寝顔にさはりてみるかな。

何がなしに
肺が小さくなれる如(ごと)く思ひて起きぬ――
秋近き朝。

秋近し!
電燈の球(たま)のぬくもりの
さはれば指の皮膚(ひふ)に親しき。

ひる寝せし児の枕辺(まくらべ)に
人形を買ひ来てかざり、
ひとり楽しむ。

クリストを人なりといへば、
妹の眼がかなしくも、
われをあはれむ。

縁先(えんさき)にまくら出させて、
ひさしぶりに、
ゆふべの空にしたしめるかな。

庭のそとを白き犬ゆけり。
ふりむきて、
犬を飼はむと妻にはかれる。


底本:「日本文学全集12 国木田独歩・石川啄木集」集英社
1967(昭和42)年9月7日初版発行
1972(昭和47)年9月10日9版発行
入力:j.utiyama
校正:浜野智
1998年8月3日公開
2005年11月23日修正
青空文庫作成ファイル:
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ISHIKAWA TAKUBOKU (1886-1912)

Tanka Poet

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